お正月に買っていた「モモ」という本。
空いた時間にちょっとずつ読み進めて、先日読み終わりました。
児童書ということになっているけれど、大人の方が感じることが多い本かもなぁと思いました。
「モモ」を読みたいと思ったきっかけ
私が「モモ」という本を知ったのは、大人になってからでした。
良書としてちょいちょい紹介されているのは知っていたんですけど、ここまで読まずに来てしまっていました。
去年、世の中がコロナで大変なことになって、「モモ」という本が再び注目を集めている、とニュース番組か何かで知ったんです。
そしたら去年の11月頃に、NHK 長野で「モモ」を特集する番組がやっていて、それを偶然見ました。
長野県には「モモ」の作者であるミヒャエル・エンデの資料を約2000点所蔵している童話館があって、そういう縁もあっての番組でした。
ミヒャエル・エンデの世界 | 黒姫童話館 | 黒姫童話館&童話の森ギャラリー
この番組の中で、テレワークで仕事と子供との間で、きりきり舞いしていた女性や、始めようと思っていた事業がコロナのせいでできなくなって途方に暮れていた男性が、「モモ」を読んで、気づきがあって生き方や考え方を変えたということなども紹介されていました。
そうなんだ。私もこの本読んだら何か気づきがあるのかなぁ…。
と思っていたら、12月に再放送していた時もまた偶然見ちゃったんですよね。
(テレビ見すぎかも。)
これは読めっていうことね。(笑)
と思って本を購入したのでした。
「モモ」のあらすじ
ある時から町はずれの円形劇場あとに住み着いた身寄りのない小さな女の子「モモ」。
粗末な身なりをしていますが、町の人々はモモと話すととても癒されたり、勝手に名案が浮かんだりするのです。
だから何かあるとみんなモモの所にやってきました。
しかしある時から、みんながモモの所にだんだん来なくなりました。
町に現れた時間どろぼうたちが、大人たちの時間を奪ったからです。
時間を奪われた大人達は、必死に時間を節約して働いて、イライラしたり怒りっぽくなったりして、子供と向き合う時間もありません。
そんな時間どろぼうから奪われた時間を取り戻すために、モモが奮闘する物語です。
「モモ」を読んだ感想
自分の時間を生きるということ
「モモ」の登場人物の中で、時間を司るマイスター・ホラという存在がいるんですけど、私の場合このマイスター・ホラのセリフが心に響きました。
こんなのです。
「死んだもので、いのちをつないでいるからだよ。おまえも知っているだろう 、彼らは人間の時間をぬすんで生きている。しかしこの時間は、ほんとうの持ち主からきりはなされると、文字どおり死んでしまう。人間はひとりひとりがそれぞれじぶんの時間をもっている。そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ、生きた時間でいられるのだよ。」
(岩波少年文庫「モモ」本文より)
「いや、それはできないのだ。というのはな、人間はじぶんの時間をどうするかは、じぶんできめなくてはならないからだよ。だから時間をぬすまれないように守ることだって、じぶんでやらなくてはいけない。わたしにできることは、時間をわけてやることだけだ。」
(岩波少年文庫「モモ」本文より)
最近の私にとって、残りの半生をどう生きていくかって、ぼんやりとした課題でした。
子供がいない人生がほぼ確定したらしい私。
じゃあこの先どうやって生きていく?
何をすればいいの?
そんな迷いの中にいたこともあり、このマイスター・ホラのセリフが心に響いたみたいです。
本当に自分のものである間だけが生きた時間。
じゃあどうすれば本当に自分のものである時間を生きられるんだろう。
それも自分で考えて、自分で決めなきゃいけない。
そんな意識が芽生えました。
幸せって何なんだろう?
「モモ」の中に出てくる大人達は、きっと幸せになれると信じて(そそのかされて)徹底的な効率化をして時間を節約し始めたんだと思うんです。
たしかに裕福にはなるんだけど、なんだかとっても大変そうで、幸せそうに見えないんですよね。
幸せって難しいですね。
金銭的に裕福なことが幸せなのか、時間や心にゆとりのある生活をすることが幸せなのか。
私は両方欲しいけどって思ったり。(笑)
話はとびますが、先週見たテレビの「王様のブランチ」という番組の本のコーナーで、
「99.9%は幸せの素人」という本が紹介されていました。
この本によると
「年収が2倍になっても私たちの幸福度はたった9%しか上昇しない」
とか…。
人間が幸せになるために生きているんだとしたら、自分にとっての本当の幸せって何だろうって一度立ち止まって、世間体とか考えずに自分の心と向き合って見る必要があるのかもしれません。
さいごに
今のようなコロナ禍で、社会の仕組みや人々の生活がコロナ前とは違うものに変わろうとしています。
そんな過渡期に、時間とは幸せとは何かを、自分に問いかけようとしている人が増えているのが、今「モモ」が再び読まれている理由かもしれません。
正直、「モモ」をもし私が子供の頃に読んでいたら、全然違う感想だったと思います。
子供の私は、モモの気持ちに入り込んで、自分が冒険したり活躍したりした気持ちになって、楽しかったな~みたいな感想をもったんじゃないかなと思います。
時間問題とか幸せ問題とかはスルーしてたんじゃないかな。(笑)
今回読んでわからないと思った部分もあったんですよね。
そういうのも、もっと時間が経ってから読んだらまた何か響くことがあるのかもしれませんね。
そんな時をまた楽しみにしたいと思います。
最後までお読み下さいましてありがとうございました。